朧恋夜 間

     真砂土は粒子が荒く、歩くたびにわずかな摩擦音を発する。
     数日前の夜に争いごとがあったと言うが、土は靴跡ひとつ残しておらず、そのあとは見られない。楕円に広がるヴァンパイアの処刑場は、朽ち果てた三本の十字の柱と、背の倍以上の高さのある四方の燭台を除いて殺風景な黄土色の地面が広がっている。そして処刑場を囲むように低い塀があった。
     マナルールはその中央でふと足を止め、ぐるりと周囲を見回してみる。処刑場とは聞いて来てみたものの、病んだ空気ではなく、むしろすがすがしい風が通り過ぎ、陰惨なイメージとはかけ離れた場所であった。
     街からずいぶん離れた場所にあり、用もなければ人間が通り過ぎることもない。耳に届くのはわびしさを募らせる自身の靴音のみ。草一本も生えぬ大地では、虫も居心地が悪かろう。
    「カイン」
     呟いてマナルールはその場に腰を屈める。土をいじくり手ですくってみたが、指の隙間からたやすく零れ落ちていく。
     彼がいた痕跡を見つけたいと思った。彼がいた場所の空気を吸えば共にいるような気がした。けれども錯覚だった。
     彼の放った言葉や、見ていたものはすべてマナルールではなく、人間ではない化け物へ向けたものだった。それがわかったときの全身が焼け付くほどの怒りは表現しきれるものではない。
     この地に立っているのは、しかし許せないのではなく、やり直したい一心からである。自分になにが足りなかったのかを教われば、すべてうまくいく。もともと柔和で品がよく、また絵の才能も持ち合わせていた男だ。現実的に考えれば、人間のマナルールを選ぶだろう。
     彼は夢を見ている。
     確かに化け物と言う割には、嫉妬するほど美しい女であった。だが所詮化け物なのだ。金を生み出すわけでもなし、生活を保障してくれる相手でもない。よく説き伏せ、こちらに引き戻さなければならない。そして彼は感謝する。
     ふと視界に白い光が入ってきた。引き寄せられるようにして歩くと、そこには無造作に落ちたダガーがあった。
     鈍く光るそれは、太陽の光を反射してよく自己主張をしていた。刃の色は光程に白くはなく、硫化して黒ずんでいる。
     膝をつく。
     ダガーの求められるままに手を伸ばした。
     土と太陽の熱で柄は温かかった。刃は針を太くしたようなもので、先が尖っている。
    「神様」
     思わず信心もしていないものの名がこぼれる。
     これは武器である。
     ヴァンパイアに立ち向かうことができる。
     刃が銀であることと、ヴァンパイアにとって殺傷能力が高いということなど、マナルールにはわからない。
     そうしろ、と誰かが言っている気がした。助けてくれと、カインの声も聞こえた。すべては都合のいい妄想だが、手の中に武器があるのが現実だ。
     取り戻さなければ。
     唇を引き結び、マナルールは空を仰いだ。
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