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    朧恋夜15-3

     一呼吸、その老人は空けた。
     必要以上に敵を睨みつけ、突きつけた銃には装薬と弾丸が詰め直されていない。
    「ヴァンパイアは皆の前で処刑せねばならない」
     言ってから老狩人は己の言葉にわずかに目を見開いた。
     リュヴェルナは老狩人から視線を外さずノウェの大きな身体をかばうように前に立つ。ノウェの左肩には小さな穴が空いている。そこから煙が立ち上り、端から灰となる。
     ノウェはうめき、眉根を寄せた。打ち抜かれた肩をかばい、前に立つリュヴェルナの首根っこを引っ掴んで後方へ投げ捨てる。どう考えても今のリュヴェルナに太刀打ちできる力は残っていない。
    「ずいぶん……」
     痩せこけたリュヴェルナを見て、老狩人はせせら笑う。
     ノウェは空を見上げて月に笑う。
     限りなく白に近い黄色い半月だった。
    「神? 創ったものに命があっただけだ。壊したものに命があっただけだ。俺たちは退屈しのぎの単なる駒だ。そこに在るいがみ合いなぞ知ったことか。神(そいつ)に所以はあっても自覚はねぇよ。いたとしたらの、たら話だがな。」
    「化け物が、知ったような口を」
    「本当に不必要ならば、その場で捨てる。必要不要、正義と悪、そもそも人間が作り出した妄言だろうがっ」
    「黙れっ」
     一瞬で老狩人が間合いを詰める。
    繰り出す狩人の拳の合間を縫ってノウェが懐に飛び込み、下から拳を突き上げる。風圧に老狩人は上体をのけぞらせると同時、足を後方から蹴り倒し追撃した。老狩人はかろうじてとんぼをきって着地する。対してノウェは先ほど受けた傷の痛みに顔をしかめ、片膝をついた。
     老狩人は肩をいからせ、重心を低めて短剣を構える。
    「今はだめです」
     不意に硬質でしゃがれた女の声が頭上から割って入る。
     老狩人ははっとして身を起こし、素早く後方に下がった。そして彼は声のする方に向き直り、片膝をつき頭を垂れる。
    「処刑は皆の前でなくてはなりません。灰ではだれも納得しないでしょうから」
    「はっ」
     頭をさながら押さえつけられた時のような勢いで、老狩人が地面に頭をこすり付けた。
     声の主は、蒼く白い月を背にして現れた。目元を除いて白い布で顔を覆い、目深にフードをかぶった人間は、馬上でこちらを見下ろしている。声の質や、白く濁った目や目じりのしわから判断するに、老婆である。だが背は一向に曲がっておらず、若者のように胸を張り、乗馬の姿は美しい。
     なにより、老婆が現れることにより周囲の空気が張りつめる。対峙したノウェは視線を逸らすことができず、また直視するほどに身体が強張った。老婆が何をするわけではない。憤怒の表情ではなく、澄ました顔でただそこにいるだけなのだ。
    老婆は落ち着かない馬を鐙で制御しているところだった。
    「あなたがリュヴェルナ。――カイン」
     落ち着いた声の中に、鋭利な刃物を忍ばせて老婆が呟く。リュヴェルナははっとして顔を上げ、濁った老婆の視線にノウェと同じく身体を強張らせた。
     老婆は軽やかに馬上から降りる。痩せた身体つきとその目つきは、威圧を持って他者を従わせる雰囲気を纏っていた。
    「そう呼べば満足でしょうね。 あさましい。あなたの中に人間などいない。人間の血を飲み、人間を殺した事実があるだけ。シニャック様はそれはそれはお怒りでした。次男とはいえ、大事な息子を……加えて女中のひとりさえも」
    「それは嘘だわ」
    「いいえ。故に、私たちはあなたがたを処刑しなくてはならない」
     リュヴェルナの反論がどの部分を指すのか、考慮は必要なかった。ヴァンパイアを処刑する理由こそが、狩人たちの存在意義。こじつけられればそれでいい。
     老婆が一歩を踏み出し、枯草が乾いた音を立てる。
    「私はカインが必要とされていたことを否定したのよ」
     慎重な物言いで、それでも強くリュヴェルナが言う。老婆は薄く笑った。
    「必要であった時期も確かにあったようですよ」
    「っ」
    「私もお相手しましょう」
     老婆は右の二本指で剣を模し、左腕は背に隠し重心を低く構える。付き従うように老狩人が両手に短剣を構えた。
     競走馬よりも太い脚を持つ馬は、一度高らかにいななき身体を震わせる。
     ノウェはそろそろと後方へさがり、リュヴェルナを立たせ肩を引き寄せた。傷を負ったまま手練れ二名とまともに戦うことができるだろうか。ノウェにはそれまで自分の不利な状況は一度としてなかった。いや、考えたこともなかった。だが今は胸の中にある存在のために深く考えねばならなかった。思わず爪がリュヴェルナの肩に食い込む。
    「ノウェ、逃げて」
     弱弱しく呟くリュヴェルナを、目を見開いてノウェは覗き込んだ。置いて逃げるのか、一度よぎった疑問は即刻打ち消される。細い身体を掴む手は、自分の意思とは関係なく動く。目の前の敵と戦うためではなく、この番を守るために。
     自分の思考にノウェはなにか吹っ切れたように顔を上げ、狩人たちを見据えた。
    「ほざけ。連れて逃げる」
     無意識に言った後で、ノウェは己の本心がようやく見えた気がした。口の端が不敵に吊り上る。
     リュヴェルナの手が自分の腕をきつく掴んだ気がした。
    「互いに互いを殺すことでしか、神への主張が出来んとはな。信じるな、そもそも畏れるに足りん。神の関心事は常に創りだすことのみ。とっくに見捨てられている。故にヴァンパイアが人間を殺そうが血を吸おうが、人間がヴァンパイアを殺し、自身の崇高なる存在を証明しようが端から見向きもせんのでは仕方ないだろうが。いいか、求めるものと与えられるものには大きな隔たりがあるぞ」
    「それはこの者の主張でしょうに。私は人間としてヴァンパイアの存在を認めておりませんよ」
     老婆はちらりと背後に控える老狩人を見遣る。
    「互いの存在が恐怖ならば、共存などできないでしょう」
     老婆はくすりと笑い、濁った目を閉じる。唇を引き結びゆっくりと腰を落とす。間を置かずノウェと間合いを詰め、剣を模した指を繰り出す。
     寸でのところでノウェは上体を逸らし、後方に飛びのく。抱いたリュヴェルナは圧迫感にあえいだ。
    「ぐっ」
     老婆の指先が鼻をかすめると同時、ノウェの気管が焼け付き痛みを伴う。彼は老婆を反射的に睨みつけた。
     指先から銀の粉を撒いたのだと悟る。
     老婆は地面に膝をつくノウェを無表情に見下ろした。
     追撃はしない。あくまでも捕えるだけ。なぜならリュヴェルナたちは弱っている。
    「もういいの」
    ――なにが欲しかったのか。
     リュヴェルナはノウェの腕の中からするりと抜け出て、ヴァンパイアと狩人の間に立つ。
    「これ以上の罪で、皆に迷惑をかけられない」
     カインの血を吸い、鬱々とした日常からの脱却。さみしさを互いに埋め合う存在、自分を必要とするその安らぎ。
    ――なにが欲しかったのか。
    「これ以上、強請ることは許されない」
     視線を落とし、ふっと小さく息を吐き出す。幼子のわがままはいつかどこかで現実を知る。欲しかったものはもともと与えられていた。
     カイン、けれどもあなたは手に入れられたのかしら。それとも私を通して手に入れたかったのかしら。
    「リュナ、」
     咎める厳しい声さえ素直にうれしいと感じてしまう。
    「連れていきなさい」リュヴェルナが声を張り上げる。
     同時にノウェのうめき声が聞こえた。次いで地面に大きなものが崩れ落ちる音がする。
    「ノウェっ」
    「ほんの少しの銀を嗅がせただけですよ」
     老狩人がいつの間にかノウェの背後にまわり、革袋を懐に仕舞っているところを老婆が補足した。
     リュヴェルナには今力が出ない。例え助けたとしても、ノウェを抱えて逃げることなどできないのだ。
     だが、と。
     彼と共にならいいように思う。
     ほんの少しの罪悪感と共に。
     
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