朧恋夜 間2

     リュヴェルナが落ちた――ノウェの言葉に長老はおもしろそうににやりと笑った。
     その態度は端から助ける様子はなく、むしろ嬉しがっているようにも見受けられた。
     口が悪いノウェではあるが、背を向けることで自身をどうにか制御する。
     下ではまだ人間たちが松明の明かりを頼りにやみくもに走り回っている。けれども、武器を持っていようとも心の奥底ではヴァンパイアに接触したくないと思っているはずだ。それは常に狩人たちの仕事だからだ。
    「連続して同じ血を吸ったヴァンパイアの死に様を知っているかえ?」
     絶えず物を口に含んでいるような粘着質な音が響く。
     ノウェは振り返らなかった。頷きもしない。リュヴェルナがどこに落ちたのかが気がかりだった。だがあの程度での傷ではそれほど問題にもならないだろう。
     ノウェの腰にも届かない長老は、よちよちと身体を左右に揺らしながら屋根の上を歩きまわった。身にまとうローブは身体に張り付き、窮屈な感じをさせる。
    「灰になるように綺麗になど逝かせるか。もっとも醜いヴァンパイアの死に様をさらすのよ。コールタールを全身に塗りたくってドロドロに溶けさせたような死体よ。かつて妻だったものもその通りになった」
    「んだと」
    「ざまあないな。人間に懸想するヴァンパイアの末路などそんなものよ。ノウェ、リュヴェルナが自分を裏切ったからと言って悲しむことはないぞ。相応の末路となって返るだろうからな」
     ひっひ、喉奥で風が鳴るようなひどく耳障りな笑い声をあげる。
    「もっとも狩人(やつら)が邪魔立てせんかったらの話だがな。奴らはわしらの灰にこだわる」
     長老の瞼に半目覆われた目がぎらつき、まっすぐにノウェを見上げてきた。
     ノウェは目を見開き、息を飲みこむ。
    「リュヴェルナ(あれ)はもはや帰らぬ。たまさかあるものよ、特定の人間の血がそのヴァンパイアにとって非常に美味であることが」
     恋ではない。愛だのと言うものは存在しない。
     ただ血が美味かった。他を飲めないほどに美味かった。
    「じゃあなんであんたは妻の惨めな姿にしたんだ」
     血に酔っただけではないのか。
    「――」
     ふたりの間に冷たい風がよぎる。
     長老は答えなかった。一瞬はっとしたような表情ではあったが、すぐさま悪辣な笑みを浮かべる。
    「掟を守り、わしと子を成せばよかった。素直にな。あの姿形を見れば、いや、今でも思い出せば胸がすっとする。馬鹿なヴァンパイアだとな。祝杯の準備をせよ。夜明けは近い」
     ――しかし。
     ノウェには長老の声はもはや耳には届いていなかった。リュヴェルナが死ぬ、たったそれだけのことが引き金でノウェはこぶしを振り上げたのだ。

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